サンプル集
スタッフたちによるサンプル集
「本条さん、死ぬ気なのですか」
「さあ。しかしこの世界は、生きたい、と思うとかえって早死にしちまうものです。死ぬつもりでいたら、生き残った、そう、よく聞かされました」
『闇先案内人 』 大沢在昌
文春文庫(下巻) … P163-164
 くうー泣けるぜ。本条というこのやくざ、まるで東映任侠映画全盛期の高倉健や鶴田浩二を彷彿とさせるキャラ。義理や人情がぶっとんだこの世の中。骨董品みたいな古臭い本条の生き様に共感する私も古いかな。
 このセリフは主人公葛原が人質を救出するために、昔助けたやくざの本条から情報を得ようとする。本条は組内の若い部下が人質の見張りをしていたため、自分の命を賭けて、組員を助けようとする。そのうえ、葛原の恩義にこたえるためにも、自らが救出に同道するといいだす。ハードボイルドはやせ我慢というが、自分の生き方の問題として、自分の命までも賭ける。本条カッコイイデス。「闇先案内人」のなかでは、脇役のひとりですが、存在感が際立っています。主人公の葛原が完全に食われています。
クマキチ 男性
「だってカマじゃないか。カマ下僕でもいいぞ。カマオロカ下僕偏執男でもいいんだ。お前なんか何でもいいや」
『鳴釜』(百器徒然袋—雨) 京極夏彦
講談社文庫 … P115
 数多くの暴言を吐いている榎木津の暴言の中でも、この益田に言ったセリフの最後の「お前なんか何でもいいや」は、榎木津暴言ファンのボクには、とても魅力的なセリフでした。
「何でもいいや」って(笑)、お前なんか本当にどうでもいい感が伝わる凄いセリフだな、というので印象に残っているボクの中での名セリフ。いつか使ってみたい。
 ただ榎木津ならではの"愛"あってのセリフなんだろうなぁ、益田は羨ましい奴だなぁ、京極堂はそんなもの無い、って言うのだろうけど。
 あとどこかで、榎木津が誰かに対して 「トンマ」って言っていたような気がするんだけど、それはどこに載っていたかは、思い出せずじまい…。それもいつか使いたい。
オーツカ・ハル 男性
「な? そうだろ? 終わってなんかいねえよ。鞠子は帰ってこねえんだよ。鞠子を返してくれよ。俺の孫を返してくれよ。たった一人の孫娘だったんだ。返してくれよ」
『模倣犯』 宮部みゆき
新潮文庫(五巻) … P510
 通勤の電車の中や夜布団に入ってから、毎日毎日読んだ『模倣犯』。いつもこっちが切なくなるくらい気丈だったおじいちゃんが、小説の本当の最後の最後に…。一緒に大泣きでした。小説を読んで泣いた(しかも大泣き)したのは初めてかも? 電車の中じゃなくて良かった!
ヨーコ 女性
「オリーブ、いるか」
「もらおう」
 種を抜いた塩漬けのブラックオリーブが小皿に盛られて現われた。
『烙印の森』 大沢在昌
角川文庫 … P19-20
 登場人物が集うBAR『POT』での主人公とマスターのやりとり。なんてことないセリフだが、えらくカッコいいシーンであこがれる。
 まずオリーブをすすめられるところ。すぐにピザとか注文してカウンターでムシャムシャ食べる僕には想像できない。そして「ちょうだい」じゃなく「もらおう」との答え。シブい。シブすぎる。そのうち言ってみようと思いながら(ウソ)使ったことない。
 いつかこんな受け答えができる大人になりたいものだ…って、もういい歳になっちゃってるけど。
 ちなみにこのとき主人公が飲んでいるのは小壜のビール。大壜や中壜じゃ絶対ダメだよね(そもそも置いてないか)。
ノリノリ 男性
 元の暮しも貧乏暮し、何処へ行こうと吾は吾——
『嗤う伊右衛門』 京極夏彦
角川文庫 … P262
「もとのくらしも びんぼうぐらし どこへいこうと われはわれ」
 七・七・七・五。もっと細かく分ければ三四・四三・三四・五。
 三味線で節をつけたら"都々逸"ですよコレ!
 貧乏長屋での岩、又市、宅悦のやりとり。心の中で三味線の音を鳴らしながら、ときには間を置いて、ときには早口で、緩急をつけながら読んでみる。舞台の一場面のように。岩の強さ、岩の優しさ、けなげさ、切なさが、じぃんとしみてきて泣きそうになるのです。
まるひ 女性
「校長先生にならないでいてくれて……ありがとう」
『サボテンの花』(我らが隣人の犯罪) 宮部みゆき
文春文庫 … P143
 小学生のとき大好きだった先生は、担任のクラスを持たない理科専任教諭で、バレー部と放送委員会の顧問だった。私はその両方に入っていた。
 バレー部の練習のときは厳しくて怖いけれど、放送室ではとても気さく。どっちの先生も好きだった。理科の授業も面白かったなあ。文系人間の私が、高校卒業まで理科が好きなままでいられたのは、先生のおかげかもしれない。(数学は早々と挫折)
 お昼の校内放送当番の日が楽しみでたまらなかった。理科室からこっそり持ち込んだ電熱器で、先生と一緒に焼いて食べる給食のパンが美味しくて美味しくて! 放送室にたちこめる香ばしい匂い。あれは放送委員にしか味わえない秘密の贅沢だった。
 そんなことができたのも、先生が専任教諭だったから。担任は教室でクラスの生徒たちと一緒に食べないといけないもんね。
「担任の先生にならないでいてくれて……ありがとう」(違)
まるひ 女性
「世の中は力や、いうのんは嘘や。力ばかりやない。大切なんは、いつも自分が胸張って生きられるかどうかや。たとえ力で人を圧して、胸を張ったとしても、自分で自分に胸が張れるかや。ちがうか」
『走らなあかん、夜明けまで』 大沢在昌
講談社文庫 … P227
 いつも胸を張ってこれが自分の人生と言いたいものです。ただどうしても自分に甘くなってしまうのですね。だからこそこんな、いってみれば当たり前のひと言に惹かれてしまうのです。
編集者S 男性
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