第15回 (2008/7/29)
長いやつからいってみる

「それにしたって貴様のしていることは少々時代錯誤ではないのか。例えば家族を護って何の意味がある。国を衛ることに意味がないのと同じだけそれは無意味ではないか。法を守ることに何の根拠がある。迷信を信じるのとどう違うと云うのだ。個性を主張し、性差を主張し、立場を主張し、そんな主張だらけの醜い世の中に何の救いがあるのだ。格差をなくせ段差をなくせと叫んで、概念の化け物のようになって生きることにどんな得があると云うのだ」
「それでは伺いましょう。意味があることにどんな意味があるのです? 得があることや、救いがあることや、根拠のあることは、損をすることや救われないことや無根拠なことより勝っていると云うのですか? そんなことはないでしょう。だから、あなたに兎や角云われる筋合いはない」

『塗仏の宴 宴の始末』 京極夏彦
講談社文庫 … P1043
 ええと・・・。長い引用でごめんなさい。でも下の京極堂の台詞だけではなく上の堂島さんの台詞についても考えさせられたので一緒にご紹介したいと思いました。これは名言というより(名言といえば名言ですが)、凄く考えさせられる言葉でした。
 私が考えるに、堂島さんの台詞にも正しいというか同感できるところがあるんです。この堂島さんが考え練り上げてきたゲームには賛成できないけれど、「ああ、世の中って概念ばっかでできてるんだなぁ」と思うことってないでしょうか? 個性を主張するのはいいことかもしれないですが、性差だって立場だって主張するのは人間だけです。それにこれらに対しては主張するのがいいこととは思えないですしね。
 だから堂島さんの台詞を読んでああそうだなぁ、と共感してしまったんですが(小説内ではもんのすごい悪役でも共感できるところがあるのに驚きました)、京極堂の台詞を読んでも「うんうん」と思ってしまう私はおかしいでしょうか。得しないことや救われないことや根拠という後ろ楯がないことをするのって、一見無意味に思えるし勇気や気力がいると思うんですよね。でも意味があるからといってそのことに意味なんてないと。意味がないからといってそれをする意味がないわけじゃないと。意味のないと思われることでもやりたいからするんだと云う京極堂がかっこいいです。。
はな 18歳 女性 大阪府

コメント爺爺のコメント  ワシ、意味なんか考えながら何かしたことないしー。言い訳も婆さんに見つかってから考えるしー。
 若い人はこういうことを考えながら大人になるんだなぁ。ワシだってそうだったはずなんじゃが…。

「あのね、蛇が脱皮するの、どうしてだか知ってます?」
(中略)
「いいえ、一生懸命、何度も何度も脱皮しているうちに、いつかは足が生えてくるって信じているからなんですってさ。今度こそ、今度こそってね。
(中略)
だけど蛇は思っているの。足があるほうがいい。足があるほうが幸せだって。
(中略)
この世の中には、足は欲しいけど、脱皮に疲れてしまったり、怠け者だったり、脱皮の仕方を知らない蛇は、いっぱいいるわけよ。そういう蛇に、足があるように映る鏡を売りつける賢い蛇もいるというわけ。そして、借金してもその鏡が欲しい蛇もいるんです」から」
『火車』 宮部みゆき
新潮文庫… P415
 ずいぶん長い引用になってしまいましたが……。
 でも、忘れられません。
 足があるように映る鏡……、まさに人生の一面を鋭く描いているセリフだと思います。
 何かがあるたびに、ふと心に浮かぶこのセリフ。
「自分は何を求めているの?」って。
リッキー 26歳 男性 アメリカ

コメント爺 爺のコメント  どんな犠牲を払っても欲しいものは手に入れたいと思ってしまうんじゃろう。手に入るとは限らんし、入っても犠牲が大きすぎたり。
 目標を持ったり夢見たりするのは悪いことじゃないと思うが、背伸びはいかんと思うワシであった。

「あのな、お前のパートは時事ネタ流行りネタだしさ、古くなるのは解るよ。だから文庫にする時変えちゃうってのはまだ解るけどさ。前の残したまんまネタを増やすなよ」
『どすこい。』 京極夏彦
集英社文庫… P295
 最初読んだときに大爆笑したセリフです。
 この作品は文庫版しか読んだことがないんですけどこのセリフは文庫と単行本での違いについての裏話的な感じですね、しかし・・・こんなこと登場人物に言わしていいんですかねw
 しかもこのセリフってどちらかといえば京極夏彦本人に問いかけてません?
ガリ〜 18歳 男性 兵庫県

コメント爺 爺のコメント ギャクが満載のどすこい。でもガリ〜さんは、そんなおもろいところよりシリアスな毒舌がお好みのようじゃ。まあこれも京極ワールドか。

「ねえ」
「今夜は」
「庭でバーベキューをしようよ」
「星がきれいだからさ」
「そりゃいいなあ」
『ステップファザー・ステップ』 宮部みゆき
講談社文庫… P343
『しあわせ』なセリフなので好きです。
 彼らの特殊な関係がちょっと切なくなる本当の「お父さん」からの電話の後のこのやり取り。
 最後の
『それで充分、俺たちは幸せなのだから。』
 につながっていくセリフだと、読むたびに切なく、それでいてしあわせな気持ちになれます。
 宮部さんの書く何気ない日常のようなミステリが大好きです。(何気ない気がするだけでかなり非日常なんですけどね/笑)
舞夢 31歳 女性 埼玉県

コメント爺 爺のコメント 舞夢さんのおっしゃるとーり、切なくてしあわせにしてくれるこの双子に、ワシもやられっぱなしじゃよぅ。

「どういうつもりだ……」
 近松がつぶやいた。
「今さら説明するまでもねえだろう。弾けたんだよ」
『北の狩人』 大沢在昌
幻冬舎文庫(下巻) … P327
 やくざとしての生き方にこだわった宮本の「弾けた」場面。
 近松のような器用な生き方はせず、あくまでやくざの生き方を貫く宮本……イイ!!
 大沢作品に登場するなかで最高に好きなやくざです。
魔王 19歳 男性 三重県

コメント爺 爺のコメント 確かに宮本はイイ! じゃが……ワシの近くではあまり「弾けて」もらいたくないのう。(実は恐がりの爺であった)

「何故聞かせたッ。何故知らせたッ。腹立たしき哉恨めしや、わしは——己等が憎いわッ」
『嗤う伊右衛門』 京極夏彦
単行本/中央公論新社 … P308
 恨めしや……と言えば最もポピュラーなお化けのセリフとしてしか認識していませんでしたが、この場面でのこの凄まじさは圧巻です。この話では岩はどこまでも清廉で正しい女。だからこそ一点の翳りも無い澄んだ愛情と、同じように一点の翳りも無い澄んだ憎しみが、同時に爆発してこの激しい叫びになったのでしょう。
 般若の面は下半分が憤怒の顔、上半分は嘆きの顔でできていると聞いたことがありますが、このセリフは私には般若の面を連想させ、作品中で印象に残るセリフの一つです。
あんず 39歳 女性 神奈川県

コメント爺 爺のコメント 清清しいからこそ心底恨みの深さが怖いんじゃろうな。小心者の爺は、こんな目に遭ったら間違いなく心臓が……。

「——商売仇かもしれませんが、私は葛原さんたちと仕事ができたことを誇りに思います」
『闇先案内人』 大沢在昌
カッパノベルス… P510
 読んでいる間私の中で、嫌な人物(河内山)でした。
 が、最後のこの一言で当事者同士にしかわかり得ない男同士の友情? 絆? うまく表現できませんが・・スッキリしました。
 最高に良い作品だと思います。ありがとうございました。
os615 33歳 男性 東京都

コメント爺 爺のコメント  いえいえどういたしまして。って、ワシが書いたわけじゃないけどな! ワッハッハ。
 ワシはこの後に続くセリフも気に入っておる。まさに男の世界じゃのー。

 運命を変えてはいけないなんて、戯言だ。それじゃ生きる価値もない。
『たった一人(とり残されて)』 宮部みゆき
文春文庫… P350
 宮部さんの作品の中に「この話が好きだ」とか「面白かった」と感じたものはもちろん沢山あり、作品名を並べることが出来ます。
 この物語は私にとってそういった質問で選択されるものではないのですが、私の中で1番といっていい位とても印象に残っている作品です。その理由がこのセリフの印象の強さにあると思います。
 傍にいるはずの大切な人を失ってしまった信じられないような事実を突きつけられて、やり切れない、切ない、悲しい気持ちにさせられた後に出てきた、あの生きていくことへの覚悟のようなセリフの、怖い位の、あまりの力強さが。
 受け入れることが出来ないような、受け入れたくないような事実に自分がぶち当たった時、私はこんな前向きな覚悟が出来るだろうかと思った。しかしこの作品を読んだ時の印象の強さを説明しようと考えて書いた理由付けみたいなもので、やはり言葉では(文章にするなど)うまく説明し切れません。
青い鳥 27歳 女性 東京都

コメント爺 爺のコメント 覚悟というものは、実際そういう状況に直面したときにするものだからのう。出来るか出来ないか、そのときになってみないと誰にもわからないことじゃ。
 だが、ワシにもわかってることがあるぞ。それは…「やっぱり女は強い!」

 細君はすっと立ち、猫も連れて行きます——と云った。
『塗仏の宴 宴の始末』 京極夏彦
講談社文庫… P788
 このような場面でこんな風に云える信頼とやさしさを持った女性。
 中禅寺千鶴子さんのような妻になりたいという憧れと同時に、この場面を思い描き、千鶴子さんの気持ちを思うと読むたびに涙が出そうになります。
いちこ 27歳 女性 東京都

コメント爺 爺のコメント この短いひと言の中に、どれだけの思いがこめられていることか。いちこさんが涙ぐんでしまうのも、当然かもしれないのう。それにしても千鶴子さんの毅然として何とかっこいいことよ!

 あたしは装填された銃だ。
『クロスファイア』 宮部みゆき
カッパノベルス(上巻)… P52
 短編「燔祭」そしてその続編にして長編「クロスファイア」のヒロイン青木淳子が自己存在を表現し、彼女自身が概念としたセリフです。
 「燔祭」時点では、淳子は多田一樹に装填された銃みたいなものだと言ったのに対して、「クロスファイア」にて彼女は装填された銃だと自己を断言している。そこに彼女の自分の人生に対する覚悟を感じる。
 すごくインパクトのある言葉として残っているのは、やはり彼女を形容する言葉がこれ以上のものが無く、彼女が銃に込められた一発の弾丸ごとく駆け抜けたせいだと思う。
 彼女は物語の終盤「装填された銃」から開放されるかもしれないと思う瞬間がある。その信念が揺らぐ。しかし、物語は彼女に彼女の正義として行った生殺与奪の手痛い仕打ちを与え、彼女は一発の銃弾に倒される。物語の序盤から淳子がまるでそういうものであるかと言い聞かせるその言葉は痛いほど悲しく寂しい。だから、最後の一撃が同様に寂しく人の感情がないという浩一に放たれたのだと思う。
 彼女の正義のためか、彼の救済のための一撃かそれはわからない。だが、淳子は最後まで自分で自分の全てに対して決着をつけようとした人だ。
 だから、こぁw)離札襯佞魯劵螢劵蠅垢襪曚苗砲ぁ・・w)。
昼型ふくろう 30歳 女性 神奈川県

コメント爺 爺のコメント 「燔祭」から「クロスファイア」への物語の流れの中で、青木淳子の生き様を言い表わしているという指摘は、ワシ同じじゃ。ちと昼型ふくろうさんの最後の一文が難解だったがのー。

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