講談社『マガジンイーノ』2010年5月号「平山夢明 御乱心録」より
語り:平山夢明 ひらやま・ゆめあき
小説家。代表作は『DINER』。著書は『或るろくでなしの死』『暗くて静かでロックな娘』『ヤギより上、猿より下』など。実話怪談では『「超」怖い話』『平山夢明恐怖全集』などシリーズ多数。短篇集『独白するユニバーサルメルカトル』に収録されている「無垢の祈り」が映像化され話題に。この夏『ボリビアの猿』刊行予定。
ゲスト:京極夏彦
本を買うために本を売っていたという矛盾した赤貧時代の話。
― 一周年記念スペシャルに相応しく、ビッグゲスト、小説家の京極夏彦先生です。どうぞ宜しくお願いいたします。
平山・京極 宜しくお願いします。
平山 こんな企画にカラーくれる雑誌もどうかと思いますけどね…。まずは景気づけに、お銭(ぜに)の話からしましょうかね。京ちゃん、がっぽがっぽ稼いでるんでしょ?? バッカンバッカン売れまくって、一万円札でハナかんでるって話ですよ。
京極 花粉症じゃないからハナ出ません。あのね、俗に「夢の印税生活」とか言うけれども、そりゃただの夢ですよ。ユメ。あなたの名前です。
平山 座ってるだけなのに、カネがカネを生んでいくみたいな……。
京極 そんな人はいないですよ。いないでしょ? それとも平山さんがそうなの? だいたい僕は驚くほど貧乏だったんですからね。鐚一文(びたいちもん)無駄遣いはしませんよ。
平山 わかった。「京極夏彦が語る、私の赤貧時代」ストーリーを聞こうじゃないか。
京極 いや、学生時代なんか悲惨ですよ。まず食うものがないんです。
平山 わからない(笑)。いきなりそんな、長嶋みたいな素朴トークするわけですか。
京極 貧しさと素朴さは相性がいいの。まず米が買えないんですよ。それも僕一人じゃなくて、周囲にいる人間、みんなが貧乏。みんなで喰うものを持ち寄って飢えを凌いでた。
平山 漂流教室かよ!! まず「貧乏人が集まって」という前提がわからない(笑)。
京極 「おお俺のところに卵があったぜ!!」とかいうレベル。
平山 「マジかよ、こっちにも小麦粉があったぜ!!」とか(笑)。
京極 そうそう。小麦粉を水で溶いて焼く。
平山 目をつぶればお好み焼きの気分に。
京極 もやは「お好み」焼きじゃない。「好むと好まざると」によらず焼きだから。
平山 だはははは(笑)。「まったく好まない」焼き、じゃねえか。
京極 好まないねえ。水溶き小麦粉をフライパンで焼くだけ。ひたすら焦げた味しかしない(笑)。そんな生活を続けてましたよ。最終的にな~んにも喰うものがなくなって、もう、「死ぬの、僕は死ぬの?」という展開ですよ。しかも学校の課題がめちゃくちゃ多くて、バイトする時間もない。そもそも体力が無いから、他の連中がやってた運送屋とか引越屋といった力仕事で稼げない。泣く泣く本を売って生き延びてましたね。
平山 本を売るって、切ない事だろうねえ。
京極 そりゃあんた、身を切るような想いですよ。「本を売るなんて人間のすることじゃねえ」と語ってましたから。
平山 なのに、古本屋さんに通った理由は……。
京極 水木さんのマンガ買いたかったからなんだよね(笑)。
平山 矛盾きました(笑)! 本を売る理由は、本を買うため! 意味が通りません!
京極 わはははははは。だから喰えないの(笑)。あのね、例えば貸本版『河童の三平』完全復刻版が限定発売されたんですね。これが高いんですよ。で、僕はもう断腸の思いで、貸本の『河童の三平』の第一巻を売りましたよ。本物を。
平山 復刻を買うために本物を売る男(笑)。
京極 いや、本物一冊と復刻全巻を天秤にかけたわけですね。で、まあ全部あるほうに傾いたから。まんだらけに持って行った(笑)。社長が値付けしてくれました。
平山 それは社長も目を剥いたでしょう。「うわ本物だ、」と。
京極 「復刻が出ると相場がやや下がるから、今が売りどきだねえ。君、よく時期を選んだねえ」といわれました。5万円くらいで売れましたね。
平山 傍目からすると、その本物、売らずに持ってたほうがいいように思えるけど(笑)。
京極 傍目から見なくたってそうなんだけどさ。本物の続刊が買えるとは思えないわけよ、貧乏だから。その本物一冊は相場が最低のころにタダ同然で手に入れたもんなわけです。でも、もう高騰してたから。本物は。
平山 そんなの、金持ちになってから買えばいいじゃない。
京極 将来金持ちになるなんて考えませんから。僕は悲観も楽観もしない人なんです。その時その時最善の生き方をするだけ。まあ、本物買い戻すのに何十万もかかったけども。
平山 損してんじゃん(笑)。
京極 損というなら損だけど(笑)、復刻版だって定価で買っとかなきゃ後々上がるんだし。僕は反省はしますが、後悔はしない主義なんです。利殖のために買うんじゃないですから。そもそも「たかがマンガに何十万」って、一般的には買った時点でバカでしょう。
平山 しかし、あなた水木先生の本に限らず、すっごい本持ってんじゃない。だいたい本の所蔵量ってどのくらいなのよ。
京極 うーん、数えたことないからなあ。
平山 ひんぱんに本棚の組み方を変えてるんですよ、この方は。じゃあ聞き方を変えるけどさ、本棚の棹数はどれだけあるんだろう。
京極 もはや棹じゃないですねえ。壁面だから。量だと荒俣宏先生の蔵書と同じくらいかなあ。わかりません。
平山 ほとんどその二人で日本1、2だね(笑)。
京極 いや、僕はともかく、荒俣さんはそれこそ値打ちものの稀覯本をたくさんお持ちですからね。『帝都物語』の印税は全部コレクションにつぎこまれたらしいから(笑)。
平山 …何かイヤなことでもあったのかな?
京極 イヤというなら買った後ですよ。我々物書きは、まあ確定申告をしてですね、実に曖昧というか、恣意的というか、まあ税務署の方がお決めになるわけですね。そういう貴重な本なんかは、骨董的価値もあるわけで、資料なのか美術品なのか微妙じゃないですか。「100%作品を書くため、研究するための資料」と主張してもですね、「好きで買ってるだけじゃねえか」と疑われる。荒俣先生のようなコレクションは資産価値が高過ぎるから余計に大変です。
平山 え? じゃあどうしてんの?
京極 経費として認められなかったりするんです。全集なんかはもう減価償却になっちゃう。
平山 ええっ、じゃあ荒俣さんは100万円ぐらいする本とかいっぱい持ってんの!? そんな高い本って存在するんだ? 京ちゃんも持ってるの?
京極 江戸時代の本なんかモノによっちゃ高いですよ、そりゃ。つうか水木さんの貸本の「妖奇伝」なんか、二冊でこんなだったですよ(と耳打ちする)。
平山 ええ???? そんなに???? 京ちゃん、やっぱ金持ちじゃん!! そういえば京ちゃんがキュレーターやってた「大水木しげる展」。そこに京ちゃんが貸し出した希少本がいっぱい並んでるんだもん。展示品の片っぱしから「京極夏彦・蔵」ってキャプションついてるんだもん(笑)。俺びっくりしたよ~。
京極 血の汗を流し血へどを吐いて泥水すすって揃えたんですよ。まあ、水木さんの貸本だと安くても2~3万はしますからね。ボロくても。
平山 韓国旅行に行けちゃうじゃん。
京極 でも、こんなになる前は安かったんですよ。なんたって貸本だから、状態が悪いし、マンガ自体そんなに高値がつくことがなかったんですから、ダンボールにほり込んで一山いくらで売ってた本物の『河童の三平』は、そういう屑本の山の中から発掘したんですね。百二十円くらいが五万円になったわけ。
平山 ボロ儲けじゃないの!
京極 さっきは損してるって言ったじゃん(笑)。まあ貸本もピンキリで、ダメなもんはダメですけどね。作家によっては「いったいどこの子供が左手で描いたんだよう」というものもいっぱいあります。「これ印刷して罪にならないの?」みたいな(笑)。
平山 ヘタウマ、でもないわけだ。
京極 ウマの要素がない。ただのヘタ。ど~~~しようもないんです! もしくは丸パクリです。
平山 だはははははは(笑)丸パクもありかよ!。
京極 どこまでヒドくなるんだろうという。まあ、そういう文化だったのね。そこがまた愛おしい。
水木先生が愛するもの・・・・。それは〝ガス〟なんです!
平山 水木先生の話をもうちょい突っ込みますね。京ちゃんは水木しげる研究家なんだよね? 先生の作品って、実はすんごいシモネタだらけじゃない? 目玉の親父は便ツボの中に落ちてたもん。
京極 ああ、落ちてますね。しかしそこを突っ込むのね(笑)。
平山 ウンコの中を漂いながら(アニメの目玉の親父の声と異様に似た声で)「なんてひどい奴なんだ!」って憤慨するんだ。で、カメムシの上に乗って、脱出するの。
京極 コガネムシです。鬼太郎の『吸血鬼エリート』の回でのことですね。
平山 やっぱり大先生はシモネタが好きなの?
京極 シモネタというよりも・・・・ウンコですね。あとオナラ。
平山 たしかにオナラはよく出るよねえ。ブオオオォォと。
京極 水木大先生は「オナラ名人」としてご幼少の砌(みぎり)から勇名を轟かせていたんです。それは今でもです。一昨年のことですが、取材旅行に行きまして、温泉に泊まったんですね。で、まあみんなで温泉に入ったんですよ。仲間うちだけしかいなくて、広いお風呂に五、六人ですよ。そしたら水木さんが湯船のへりに腰掛けてニコニコしてるわけ。湯冷めしますからね。どうして上がらないんだろうと思うでしょう。でも、何かを待っているわけ。でもって、まあみんな心配してですね。こう顔を向けたらば、先生、「時は満ちた」って顔をしてですね、立ち上がってみんなに尻を向けて、ブオオォォと。
平山 先生、おいくつなんですか?
京極 米寿ですよ88。いたずらっ子なんですよ。浴場ですから音響的にも素晴らしいでしょ。そして臭かったという。
平山 なるほど。急に湧きあがってきたやつを放ったんじゃなくて・・・・。
京極 じっと座って直腸にガス弾が溜るのをゆったりと待っておられたんです。いや、でも考えてみれば平山さんと一緒ですよ。平山さんは場がシーンとすると堪え切れなくなって「はうあ!」とか言っちゃうタイプじゃないですか。
平山 言うね。言います。
京極 水木先生は下のほうから「はうあ」がお出になる。小学校の頃、体育館に全校生徒が並べられたりしますでしょ。教職員もビシっと並んでて、校長先生が檀上に立ってですね。今と違って水木先生が子供の頃は戦前ですからね、もう空気が張りつめてるわけです。シーンとしてる。そこでブーッです。
平山 周囲はザワワと。
京極 天下の水木大先生がそんな温っこい屁をお発射になるわけないじゃないですか。もう、水木さんより後方の生徒は全員爆死ですよ。バブーッと響き渡りますね。屁の名工ですから。朝礼のたびに期待されたらしいですよ。屁。ご本人曰く一番人気だった屁は「な・プ~ン」という音だったそうですよ。
平山 ちょっとタイ語っぽいですね。
京極 ひらがなで、「な」「なかぐろ(・のこと)」カタカナで「プ~ン」です。そんな屁は普通ない!! プ~ンはわかるとしても「な」がわからない。
平山 いかな肛門が開いたとして、「な」なんて音は出ないよ。
京極 水木一門でも「な・プ~ン」は発射不可能であるという説が有力だったんですが、三年前に水木先生御自ら声真似してくださったわけです。「(かなり上気した音で)な・プ~ン」という感じでしたね。それを聞いた弟子一同「あッ、これはあり得る!」と。
平山 ちょっと「ジュ・テーム」みたいな感じ?
京極 それ、無駄に似てますね。リズムというかビブラートが。
平山 しかしこの音、少々いまいましいね。スピード感がない分、臭そうだもん。
京極 だけど先生自身は、臭い屁はダメな屁だとおおせです。
平山 屁にもいろいろあるの? 上等な屁とか。
京極 あるらしいです。
平山 なるほど、な・プ~ンじゃ臭い屁なんだ。そこいくとすかしっ屁なんてのは。
京極 ダメな屁でしょう。
平山 女の人って、たまにすかしっ屁をするよね。明らかに「こいつ・・・・今したな」という。
京極 いやいや、それは平山さん違いますよ。能動的にすかしっ屁をする人は少ないですよ。やむにやまれず、でもしていることを公にしたくないが故の躊躇い出しでしょうよ。
平山 でも俺は、そういう含みおきみたいなのってどうかなと思う。
京極 そこは嗅がずに受け流しておこうよ。
平山 あっ、京ちゃんはすかしっ屁容認派なわけ? じゃあさ、狭いエレベーターの中であきらかに「スゥ~」っていたされたら、どうリアクションするんだよ。
京極 微動だにしないですよ。
平山 俺だったら「うわ!!」って言いますよ。
京極 いかんなあ。大体、その女の人じゃないかもしれないでしょうに。
平山 いやいやいや。そこはケツが動いてるんですよ。キュッキュッって。
京極 それだってわからないですよ。他人の放屁に合わせて尻をキュキュッと振る癖のある女性なのかもしれないでしょうに。
平山 あのねえ京ちゃん、女の人は絶対に、すかしっ屁をしたときTUBEみたいな動きをするんだよ!
京極 それも音を出すまいという創意工夫の動作ですよ。
平山 ケツとケツとの空間を、ミリ単位で広げる努力だよね。そいでシューッと。中東の言葉でよくある「kh」の発音ですよ、。
京極 禅寺で修行しているお坊さんって、何事も粛々と厳かに一日過ごすんですね。朝から晩までメシ食う間も、寝ている間もすべてが修行ですから。生活の所作にも厳しい決まりごとがあって、トイレで音を立ててもいけないんです。「ブーッ、ブリブリッ、ベターン!!」みたいなのはダメなんですよ、。
平山 だはははは(笑)。ブラック・コマンドーが来たのかと思うような音立てるやつ、外のトイレよくいるじゃん!!
京極 ブレーメンの音楽隊みたいな音立ててるオヤジとかでしょ。
平山 「ド~ンドコド~ンドコ、ピャ~ッ!!」つっって。
京極 そういうのは全部NGなんです禅寺では。だけどですよ。排泄というのはまさに出物腫れ物なわけ。誰だって音出したくって出してるわけじゃないし、無音に調整するなんて無理だと思うでしょ。日常は慎ましやかに過ごしている人も、ちょっと体調崩せばプーだのピーだの音が出るものさ。
平山 しかし禅寺で修行しているお坊さんたちは。
京極 音の出力レヴェルを抑えられるらしいんですよ。
平山 どんだけ素晴らしいドラテクですか!
京極 ねえ。無音排泄法を会得できるなんて、スゴイですね。
平山 無音のウンコねえ・・・・・肛門を曲げるんでしょうか。穴をこうギュッと。
京極 今は知りませんが、禅寺のトイレは汲み取り式が主流だったはずですね。固形物を出したときには、どうしたって着水するときに音が出ましょうよ。それは仕方のないことです。けれども、身体から放出される際にはできる限り無音に近づけなければならない。修行でミュート機能付き肛門が手に入るわけ。
平山 お坊さんたちは、体内もシーンと静まるような生活をしてるわけですね。
京極 精進料理が基本ですから、一汁一菜、根菜類が多めの食事ですね。お肉を摂ることも少ないわけ。という理由もあって、健康的なブツが排泄されるんですね。
平山 肉食獣のナニは出ないんだ。
京極 ライオンの糞みたいのはありえませんね。そんなワイルドなものは出ようがない。
平山 肉食獣のウンコスメルは半端じゃないよね!! もう目にしみちゃうもん。
京極 お坊さんたちは自然と、ウサギの糞みたいなものだけを作るような体質になっていくんでしょう。ただ、繊維質の食材が多いですから・・・・。
平山 焼き芋食いと同じ理屈で、ガスが溜りやすくなりますね。
京極 はいはい。つまり肝要なのは〝実〟の出し方ではなくて〝気〟の出し方なのかもしれませんね。
平山 便所にっしゃがみこんでからが勝負だね。「これからガスを出すよ~」と自分の身体を騙したら、ガスの襟首をひっつかんで実をヌッと出す。
京極 せ~の、のタイミングに半歩ぐらい先んじて「あっ!」と出しちゃう。
平山 屁はちょっと引っ掛けるみたいな。転ばしちゃうと。
京極 屁だましですよ。
平山 オナラの気配でだましつつ、ウンコをフライング気味にカップインさせる技術だね。
京極 読者諸氏にはきちんと言っておきたいんですんが、どんなに見目麗しい女の子でも、屁はします。
平山 もうブッカブッカブッカブッカこいてますよ。
京極 ところがですよ・・・・非実在青少年は、しないんですよねえ。
平山 「あんた、バカぁ!?」って罵ってくれる人でも、放屁のシーンは描かれないですからね。
京極 彼らや彼女らはオナラをしないんですよね。ところがどっこい、水木先生の描くキャラクターはいさぎよくブーッとこきます。
平山 大先生の描く非実在大人はこきまくりですね。
京極 大人に限らず、女も子どももブワーッとこきます。
平山 しかも大先生、見えないものまで描いてますよね。尻から煙が立ってるもん。黄色い煙が(笑)。
京極 見えないものを描く妖怪マンガの泰斗ですから。って、僕の知り合いに、困った人がいましてね。彼曰く、冬の寒い日は息が白くなるんだから、きっとオナラも白くなるに違いないと考えた。バカです。「んなわけねえだろう」って話なんですが、ついに実験が行われる運びとなり。
平山 かっこE!! まさに現代のフランクリンだねえ。
京極 寒~い冬の日に、大きな太った人がですね・・・・。
平山 ちょっと待ってよ。そのバカはデブでもあるんだ(笑)?
京極 ええ。我が友はバカでデブなんですよ。やはり生屁でなくてはと、彼は厳寒の屋外でズボンを下ろし、おケツをこうむき出しにしましてね。
平山 うっかり目撃した人は、「なにか新しい怪獣なのかな?」って思うよね。
京極 ご丁寧なことに、彼は観察者に自分の奥さんを選んだわけ。「自分じゃ見えないから」って、まあ見えないでしょうよ。で、「君は屁を見ていてくれないか」と。あたりはもう真っ暗な夜。かがみこんだご婦人の横、ライトに照らし出された肥えた男の生尻から、ブーッと屁が放出される。
平山 無駄にドラマティックだね。
京極 「どどどうだった!?」と言い募る夫に、妻は「見えないよ」と一言。
平山 昭和の文壇には「屁燃す会」という団体があったそうで。なぜみんなオナラには愛着があるんでしょうね。
京極 いや、そういう精神は是非皆持ち続けてほしいですねえ。って、これ何の対談ですか?
作家・京極夏彦が語る、〆切りに間に合う原稿執筆の秘訣とは?
平山 ちょっとは作家対談らしい話もしろと最初に言われたんで、少し話しますかね。あなたは短編を1日で書いちゃうんでしょ? なんか書くときの秘訣はないんですか?
京極 いや、ただ書けばいいんですよ、あなたも。
平山 だってさあ、平山ゲリオンを動かすシンジ君がすぐ逃げちゃうんだもん。
京極 僕にはそもそもパイロット乗ってないですよ。ダミープラグですよ。
平山 まさかの乗り子ヌキ(笑)。京ちゃんのシンクロ率は0%なんだ!!
京極 当たり前じゃないですかそんなの!! 僕は量産型ですよ。箱根上空をぐるっぐる回ってますよ。
平山 俺の碇君はすぐ逃げちゃうんで困ってんのになあ。
京極 僕のシンジは部屋でイヤホンで音楽聴いてますよ(笑)。最初っから乗りません(笑)。
平山 やっぱ逃げてんじゃん(笑)。
京極 テンションを下げない、でも決して上げもしない。それは大事ですね。テンション上げちゃったらまず失敗します。
平山 うおー!! 俺はやるぞ!! みたいな。
京極 そういう気合は絶っ対に入れないですね。意味無いから。
平山 じゃあオリンピックに出てる人とかどうなるんですか。
京極 気合でオリンピックに勝てるんだったら、全員金メダルでしょうよ。
平山 高見盛の立場は・・・・?
京極 バンバン叩いて、顔の血行を良くしてるんでしょう。
平山 あれって健康とか美容のためなんだ・・・・。
京極 平常心でリラックスしているときに、人間は自分の能力を一番引き出せるんです。過度の緊張もいかんし、緩和し過ぎもダメ。フツーにリラックスしている状態をどれだけキープできるかが、仕事の効率や出来不出来を左右しますね。これは、どんな仕事についても言えることですよ。
平山 たとえばさ、朝早起きをして、朝9時から執筆しようと決めたとする。で、9時になったらあなたどうするんですか。
京極 書きますが。
平山 書くんだ(笑)。
京極 いや書くでしょうよ(笑)。そうしてないと続きませんよ。遊ぶときだって同じです。
平山 たしかにあなた、遊ぶときも淡々としてるよね。この人は本当に不思議なんだけど、株価でいうなら電力株ですよ(笑)。テンションをすっごい上げないぶん、「疲れた~」とかもない。
京極 バイオリズムは通常、波状の曲線になるようですが、僕は起床から就寝までピーっとまっすぐなんですよ。
平山 台形ですか。
京極 むしろ直方体ですね。斜めは無い。心電図でいえば、止まってますね。心臓。
平山 俺はめちゃめちゃ曲線だからなあ。だから一緒に飲みに行ったりすると、必ず俺のが先に、2。3時間で息切れするんだ(笑)。俺の曲線が、京ちゃんの直線を追い越しちゃって。ものすごい眠くなって帰りたくなっちゃうんだよね。だけど、京ちゃんは相も変わらず、ずーっとしてる。
京極 そのかわり、落ちるときはいきなりメルトダウンですよ。
―― すみません、お時間がそろそろ。
平山 では新刊の話を。
京極 講談社から出る『死ねばいいのに』ですね。
平山 そんなのはあまりタイトルっぽい言葉じゃないね。
京極 でもタイトルなんです。僕は入稿もゲラも全部メールなんですけども、だいたいメールのタイトルは「死ねばいいのに」って書いて送ってました。
平山 ひどい話ですね。
京極 だんだんおもしろくなってくると、「死ねばいいじゃん」とかに変えてました。
平山 「死んだ?」とか。
京極 「死ねばいいよね」とかね。そういうメールをいつも送っていました。担当編集への嫌がらせに近いですね。
平山 連作短編なんだよね。
京極 1年間の「小説現代」の連載に、書き下ろしを一本つけました。どうしようもない人間が出てきて、主人公が「死ねばいいのに」って言うだけの作品です。
平山 5月15日発売ですね。
京極 そうらしいです。しっかし平山さんの対談相手を務める人は、毎回大変だろうなあ。
平山 いやいや、まとめる人が大変だと思うよ。
京極 まずコントロールができないからなあ、この人(笑)。
平山 だけど京ちゃん。さっき何度も話を落としてたでしょう。
京極 なにが。
平山 話が曲がりすぎると、スッと本筋に戻してたよねえ。
京極 ラジオ収録で慣れたんです。
平山 今日はありがとうございました。
京極 ありがとうございました。お疲れ様です。